服のそでをぎゅっとつかんで離れない小さな手。先生がそっとその手をほどこうとするなか、あふれる涙——。朝の時間が感情のジェットコースターのように感じられ始めたなら、あなたは何も間違っていません。それは小学校 入学の不安、つまり登園・登校時の分離不安という、幼い子どもにとってごく自然で(そして見ているのが一番つらい)成長の一場面です。うれしいことに、落ち着いて、いつも同じように、しっかり練習した向き合い方をすれば、この不安はきれいに和らいでいきます。ここでは、さよならを短く、やさしく、そして本当の意味で「勇気ある別れ」に変えるための方法をご紹介します。
「バイバイ」がつらいのは、愛されている証拠
別れ際に泣いてしまうのは、わがままだからでも、心が弱いからでもありません。それは、親子の間にしっかりとした愛着(アタッチメント)が育っている証拠です。子どもが抵抗するのは、あなたの存在がそれだけ大きいから。そしてまだ成長途中の脳では、「今はいなくなった」が「あとでちゃんと戻ってくる」という意味だと、完全には理解できていないのです。この不安がいちばん強く出るのは生後10〜18か月ごろ。さらに幼稚園・保育園に通い始める3〜4歳ごろに再びぶり返しやすく、進学や生活環境の大きな変化があると、もっと大きくなってから再燃することもあります。
こう考えると、あの別れ際の光景の見え方が変わってきます。涙は、あなたの子育てがまちがっているという判定でも、園がよくないという証でもありません。それは、子どもの愛情と信頼が、大きな感情のたった一つの語彙で表現されたもの。だから親の役目は、その気持ちを消し去ることではありません。感情が通り過ぎていくあいだ、どっしりと受け止めてあげることなのです。
保育士さんはこう言います。別れ際に泣く子のほとんどは、親が去ってから数分もしないうちに落ち着くものだ、と。かえって、だらだらと長引く「さようなら」のほうが、不安を強めてしまうことが多いのです。自信をもって、愛情を込めてさっと立ち去る——それこそが、子どもへの何よりの贈り物です。
「お別れの儀式」を決めて、毎回まったく同じにする
不安を和らげる一番の薬は「予測できること」です。お別れのときに何が起こるのか——同じ言葉、同じ動作、同じ順番——を子どもが完全に把握していると、「わからない」という部分が小さくなり、心と体がふっとゆるみます。だからこそ、短く、体を使って、毎日まったく同じにするのがコツです。
- いつも同じ決まり文句を言う。たとえば「大好きだよ。ちゃんと迎えに来るからね。おやつのあとにまたね」。
- 小さな体のふれあいを一つ。ぎゅっと2回、二人だけの秘密のタッチ、それか手のひらにキスをして「ポケットにしまっておいてね」。
- 子どもがわかる時間の目印を伝える。「お昼ごはんのあと」「外遊びが終わったころ」など。「3時に」と言っても、4歳の子には何のことかピンときません。
- 自信を持って一度だけ振り返り、そのまま歩き出す。こっそり抜け出したり、「もう一回だけ」と戻ったりしないこと。
こうした儀式は、うまくいっている寝る前のルーティンとまったく同じ魔法を発揮します。決まった順番そのものが子どもを安心させてくれる——次に何が来るかを体が覚えているからです。
「こっそり抜け出す」は、どんなにラクでも絶対にNG
子どもが何かに夢中になっている隙にそっと姿を消す——その瞬間はやさしい選択に思えるかもしれません。でも、これは必ず裏目に出ます。ふと振り返ったときにママやパパがいなくなっていた、という経験をした子は、「大人はいつ突然消えてもおかしくない」と学んでしまうのです。すると翌日はいっそう強くしがみつき、あなたの一挙一動を不安そうに見張るようになります。たとえ涙を誘うことになっても、お別れの言葉は必ずかけてあげてください。「黙って消えたりしない」という約束こそが、信頼を育てる土台になるのです。
家を出る前に、気持ちに名前をつけてあげる
不安は、子どもがその気持ちを言葉にできるだけで、ふっと小さくなるものです。車で向かう道すがら、あるいは歩いて行く途中に、これから起こることと、そのとき感じるかもしれない気持ちをそっと言葉にしてあげましょう。「バイバイするとき、ちょっとだけ不安になるかもしれないね。でも大丈夫。その不安な気持ちは、ママ(パパ)が行っちゃったあとだんだん小さくなっていくから。それに、先生がすぐそばにいてくれるよ」。大きな感情に名前をつけてあげることは、あなたが持っている中でいちばん心強い方法のひとつです。これは子どもに気持ちを言葉にする力を育てるでお話ししているのと同じスキルなのです。
“勇敢になるために、勇敢な気持ちでいる必要はないんだよ。勇敢っていうのは、不安な気持ちがまだ残っているままで、むずかしいことをやってみることなんだ。”
— 子どもに伝えてあげたいひとこと
「離れる練習」は、なんでもない日常のなかで
ママやパパと離れる経験が、預け先での「バイバイ」の瞬間だけ、というのはあまりに負担が大きいもの。ふだんの生活のなかに、うまくいく小さな「離れる練習」を少しずつ取り入れておくと、落ち着いた環境でこのスキルがゆっくり育っていきます。
- 「いないいないばあ」やかくれんぼをする——姿が見えなくなっても、ちゃんと戻ってくる、を体で覚える遊びです。
- 少しだけ部屋を離れるときに「すぐ戻ってくるからね!」と声をかけ、約束どおりちゃんと戻ってくる。
- おじいちゃん・おばあちゃんや、信頼できるお友だちの家で、短い時間だけ過ごしてみる。
- どこかへ出かけて、ちょっぴり不安になりながらも、最後はうれしく再会する——そんなお子さんが主人公の絵本を一緒に読む。
うまく再会できた経験は、そのたびに「バイバイは乗り越えられる。ママ(パパ)はいつも戻ってくる」という証拠として、お子さんの心にしっかり積み重なっていきます。そして、この「離れる力」は、もっと大きな別れの場面でも同じように働いてくれるもの。いつか訪れるはじめてのお泊まりに向けた準備を、そっと支えてくれるのです。
「おうち」を、そっとポケットに
お子さんとあなたをつなぐ、小さなお守りを持たせてあげましょう。ポケットに忍ばせた家族の写真、あなたとおそろいのブレスレット、手の甲に描いたハートのマーク——さみしくなったときに、そっと触れられるものなら何でもかまいません。「わたしには、帰ってくるのを待ってくれている人がいる」。そんな安心を手のひらで感じられる子ほど、園にすっと馴染んでいくものです。
じつは、お話にも同じ力があります。だからこそ、名前入りの絵本が朝の習慣にぴったりなのです。「勇気を出してバイバイした主人公」——新しいお部屋にひとりで入っていき、胸の奥のドキドキを感じながら、それでもできた、という物語。その主人公が自分自身だとしたら、お子さんは「困ったことも乗り越えられる自分」の姿を、そこに見つけることができます。お子さんが主役になる勇気のおはなしは、玄関先で心の中に借りてこられる“お守りの言葉”になります。「絵本のわたしみたいに、勇気を出す」。前の晩の寝る前と、当日の朝にもう一度読んであげてください。そうすれば、お子さんが胸に抱いていく物語の結末は、いつも“うれしい再会”になります。
少し気にかけたほうがいいサイン
多くの場合、登園時のぐずりや泣きは、生活リズムが整っていくにつれて数日から数週間でやわらいでいきます。ただ、不安がとても強かったり、1か月ほど経っても改善が見られなかったり、お腹が痛い・眠れないといった体の不調をともなったり、園以外のあらゆる場面でお母さんお父さんから離れられなくなっているようなときは、かかりつけの小児科に相談してみてください。分離不安症のサインである可能性もありますが、周りが適切に支えてあげることでよくなっていくものです。何より、お子さんを一番よく知っているのはあなた自身。「何か違うな」という直感を、どうか信じてあげてくださいね。
この記事のポイント
- 分離不安は、健やかな愛着が育っているしるし。親の失敗ではありません。あなたの落ち着いた存在こそが、いちばんの薬です。
- 短くて毎回同じ「さよならの儀式」をつくり、必ず別れのあいさつをすること。こっそり消えるのは避けましょう。
- 負担の少ない場面で、小さな「離れる練習」と「うまく再会できた体験」を重ねて、信頼を育てましょう。
- 写真やお守り、あるいは子ども自身が勇敢な主人公になる絵本など、握りしめられる「よりどころ」を持たせて。強い不安が1か月以上続くときは専門家に相談を。
よくあるご質問
登園時の分離不安は、どのくらい続きますか?+
多くの子どもの場合、生活のリズムに慣れて信頼が育つにつれ、1〜3週間ほどで別れぎわの涙は落ち着いてきます。その日その日の泣き方も、親が離れてから数分でおさまるのがふつうです。もし強い不安が1か月ほど続いても改善が見られないときは、かかりつけの小児科医に相談してみてください。
子どもが落ち着くまで、そばにいてあげるべきですか?+
いいえ。長くいると、かえってつらさを引き延ばしてしまうことがほとんどです。短く、あたたかく、自信をもって「さよならの儀式」をしたら、すっと離れましょう。多くの子どもは親が去ってから90秒ほどで落ち着きます。あとで先生に、元気になった様子の写真を送ってもらうようお願いしておくと安心です。
子どもが見ていないすきに、こっそり抜け出すのはよくないですか?+
はい、こっそり消えるのは避けてください。振り向いたら親がいない——そんな経験をすると、子どもは「親はいつ消えるかわからない」と学び、翌日はますます不安になり、離れまいとしがみつくようになります。たとえ涙のなかでも必ず「いってきます」を伝えることで、子どもは「お父さん・お母さんは頼りになる、必ず戻ってくる」と学んでいきます。
執筆 The Hello Storybook Team, 親であり、書き手であり、物語を紡ぐ人たち.
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